もう、それ以上言わなくていい
Nanaのアパートに着くと、部屋のすぐ前にある駐車場に車が無い
こんな時間にどこへ行っているんだろう、何となく拍子抜けした感じと同時に、何かあったんじゃないかと悪い方へ考えが及ぶ
アパートのドアノブにオーナーKeiから頼まれた紙袋を掛けてアパートを後にした
マンションに入る交差点で信号待ちをして、何気なく反対車線に目をやるとNanaの車が通り過ぎて行った
(うちに来たのか?帰りを待っていたのだろうか?この辺りに知り合いがいるとは聞いていないし他には考えられない)
信号が変わり、気が付くとUターンをしていた
アパートに戻ると車を駐車場に停めて出てくるNanaの姿が見える、その前に車を停めた
「Shintaroさん?」
「オーナーに届け物を頼まれて、ドアの所に掛けておいたから」
「そうだったの、ありがとう、一回来てくれたの?戻って来てくれた?」
「あ、いや、さっきすれ違ったから」
オーナーKeiが作ってくれた可愛いエコバッグに色々買った物を詰め込んで、重たそうに持っている
「体調悪いんじゃないの?」
「あ、うん、忙しくて疲れたのかな、あっ、でも帰って来てひと眠りしたらだいぶ楽になったから、ちょっと腰が痛くって、エヘヘ」
車から降りてNanaからバッグを取る「エヘヘって、こんな重いの持ったらまた、痛くなるだろう?」
「この前、Shintaroさんの帰りを待っていた時に、24時間のスーパーがあったから行ってみたくなって、最近、買い物にも行ってなくて、冷蔵庫の中も空っぽだったからいっぱい買っちゃった」
「オーナーがスープやら、食べ物を色々用意してくれたから」
「わぁ、ホント、パンも果物もお菓子も入ってる、このスープ大好きなの」
「ふっ、嬉しそうだな、食べ物を見ると」
鍵を開けて入るとすぐのキッチンにあの青いグラスがあった、ステンのトレーに伏せてあるそのグラスを見ると
「朝、このグラスで炭酸水を一杯飲むの、オーナーが飲んでるから真似してるんだけど、炭酸水を入れると綺麗なんだよ、朝陽に照らされてキラキラするし、あ、ありがとう、そこに置いてくれる」
「じゃ、気を付けろよ、あまり無理しないで」
そう言ってドアを開けようとした時、Nanaが腕を掴んだ
振り返ると腕を掴んだまま下を向いてプルプルしている
「あの、Shintaroさん、ホントにごめんなさい」
「もう、いいよ、わかったから」
「でも、今まで、私は自分の弱さから逃げてShintaroさんにいつもぶつけてた、全部受け止めてくれるのわかってて、甘えて、意地悪な事も言ったりしたし、いつか、いなくなった時が怖くて、私なんかただの道具だって思われて」
「もう、いいから」そう遮って、いつもの様に頭をポンポン
「あの、オーナーに言われたからじゃないんですけど、お詫びとお礼のハグしてもいいですか」段々声が小さくなって行く
ちょっと意地悪な笑みを浮かべて「ん?ん~じゃ、してもらおうかな」
そうは言ったが、いざとなると簡単ではなくなっていた、アメリカではあんなに自然にハグしていたのになぜだろう、掴んだ腕を離してそうっと両手を上げて肩に置いた瞬間に、身体がふわっと浮いて吸い込まれる様にShintaroさんに包まれて行く
「もう、遅くて待てない」
背の高いShintaroさんがNanaを抱きしめると、つま先が少し浮きそうになってふらつくがShintaroさんは離してくれない
「あの、Shintaroさん、足がつりそう」
「Nanaはただの道具なんかじゃない、それに、原因を作ったのは俺で、そもそも俺が鏡を踏んでしまったから」
「Shintaroさんのせいじゃないよ、私が転んで逃げ遅れて」
「もう、それ以上言わなくていい」
静かな空間に、小さくお腹がなる音
「あはは、お腹空いてるんだったな、じゃ、しょうがない、許してやろうかな」
「あの、もう、電話に出てくれる?」
いつもの爽やか過ぎる笑顔がそこにあって、Nanaはちょっと恥ずかしそうに目を伏せた
「明日、土曜日だけど出勤になって、帰りにカフェに寄るから一緒に帰ろう?」
「うん」嬉しそうに頷くNanaに安心して、Shintaroさんは帰って行ったのでした
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