一瞬、口元が笑った
東の空がほんのりとピンク色に染まると街は少しづつ目を覚ます
(はぁ~あれから全然眠れなかった、カフェの始まる時間までは少しあるから、一回家に帰って服を着替えていかないと)
音を立てない様に整えて、リビングを出る
コトリとも音のしないベッドルーム、疲れて熟睡しているんだろうか、ちょっとでもベッドルームの扉を開けて、Shintaroさんの寝顔が見たくなるけど、そんな勇気は無い
足音を立てない様にそうっと廊下を歩いて部屋を出る
(オートロックってこういう時は便利だな)
朝の風景は昨夜の出来事が嘘の様に違った顔になっている
(見れば見るほど、素敵な街並みと立派なマンションだな、停まっている車も高そう、私も新しい車欲しいな)
シャワーを浴びて着替えると急いでカフェへと走らせる
ドアベルの音に振り返るオーナーKeiは、Nanaの顔を見て目を丸くし、持っていたトレイを落としそうになる
「まぁ、なんて顔なの?Nana、どうしたの?」
「今日はホールに出ないで裏方の仕事でもいいでしょうか」
昨夜の出来事を話すと、オーナーKeiは直ぐに、Romiさんへ電話を入れて、事情を話した
間もなく、大きな音を立ててドアベルが鳴るとToyoさんとRomiさんが駆け込んで来た
「あのニュース見てたわよ、まさか、Nanaちゃんが巻き込まれていたなんて思いもしなかったわ」
ToyoさんがNanaの手を取って摩っている
「Nanaちゃん、眠れていないんでしょう?倒れるわよ、今日は私が来るから帰りなさいな」
「そうだわ、Fujiさんもいるから、うちの二階で横になって行きなさい、良いわよね?オーナー」
「その方が安心ですわ、お願いします」
Toyoさんに手を引かれてカフェを出ると急に睡魔が襲って来て、布団に横になった瞬間に眠りについた
どの位眠っていたのだろうか、気が付いた時には既に辺りが暗くなっていた
「すみません、眠り過ぎてしまいました」下に降りてみるとToyoさんが店を閉める所だった
「良かったわ、ぐっすり眠れたのね、お腹すいたでしょ?」
「少し、あっ、でもカフェに戻れば、ランチの残りとかがあると思うんで」
「そう?それなら一緒に行きましょう」
Toyoさんに付き添われてカフェに戻ると、ちょうどRomiさんがエプロンを外して出るところだった
「Romiさん、ご迷惑をおかけしました」
「よく眠れた?目の腫れは引いたわね、良かった、今日はそんなに忙しくなかったから大丈夫よ」
「お腹空いたんでしょう?ランチの残りでいいわね、シーフードとたっぷり野菜のホワイトソース仕立てスープ、プランスパンに付けて食べると美味しいわよ、チキンのピーナッツ焼きもあるわ、それから、食後は暖かいカフェオレにしましょうね」
誰も、皆、優し過ぎる、そう思うとなぜか、目がうるうるしてしまった
「ご心配お掛けしてすみませんでした」
「Nanaちゃん、どうしたの?いつも元気印のNanaちゃんが」
おどろいた目が大きく開いている
「Romiさん、ちょっと色々あって、この子は今、弱ってるんですの、でも、大丈夫、すぐ、元気になりますわよ、さっ、温めたわよ、しっかりお食べなさいね」
カウンターでばくばくとNanaらしく食べるのを見て、ToyoさんとRomiさんは少し安心して帰っていった
「もう、お店も静かだから、食べたらお帰りなさいな、それからShintaroさんにもう一度連絡をとってみたら?」
鼻水をすすりながら、「もう、駄目かもしれません、昨日のあんなShintaroさんは今までに見た事がない」
「そう、ねぇ、Nana、Shintaroさんがそこまで怒る理由ね、浮気したとか、そんなんじゃなくて他にあるのでしょう?」
「うっ、ゲホゲホ、オーナー水、水」
「はいはい」
「浮気って、別に浮気なんかしてないし、でも、オーナーは知っていたんですか?」
「何となくね、わかったのよ、昨日、思い出した事があって、王様に昔聞いた話しね、それに、あなたの心が揺れていたのは事実じゃないかしら?」
Nanaの目がくるくると大きくなり、そしてうなだれる様に肩を落とす
「食事は済んだかしら?暖かいカフェオレよ」
「鼻が詰まっていて香りがよくわからないと思ってましたけど、これはかなり香ばしいですね」
「今日はちょっと濃厚な味わいにしたのよ、今のあなたにぴったりだと思うわ」
「この濃厚さはミルクだけじゃないですよね?生クリームが入ってます?全身が溶け変わる様な濃厚さです」
「ふふ、よくわかったわね、ねぇ、Nana、私が、Shintaroさんに電話してみましょうか?あなたが掛けても出ないでしょう?」
少し考えていたNanaは、首を横に振って、「それでも、やっぱりかけ続けてみます、出てくれるまで、いつになるかわからないけど」
「そう、そうね、わかったわ、でもどちらにしても、また、MiyuさんやShintaroさんを含めてちょっと話しをしないといけないわね、暫くはJinさんは来ないと思うけど」
「そうでしょうか?」
「だって、Shintaroさんとすれ違ってるんでしょう?気が付いているはずよ」
「確かに、私がうろたえて、見られた後にすぐ、Shintaroさんに電話してるのを知っても何も聞いては来なかった、それもちょっと変かなって思うんです、普通、彼氏いたの?とか聞いて来ますよね?」
「そうね、Jinさんがその時にわかったのか、前からわかっていたのか、狙いが何なのか」
「その後も、何一つ聞いて来なかったし、でも何も変わらず優しかった、私の心配をして気に掛けてくれて」
「う~ん、よくわからないわね、単純にNanaに好意を持っているのかもしれないしね、彼氏がいたって自分に自信があれば気にしないのかしらね」
「ただ、閃光がぶつかって光が見えた時、一瞬、口元が笑った様な気がするんです」
「Jinさんに見えていないはずはないわね、最近、気になっていたの、Shintaroさんの光の色が変わって来ているというか、強くなって来ているわよね」
「え?」
「あの日、あなたが出た後にShintaroさんがカフェに来たの、入り口でねNanami君と一緒になってどちらが先に入るか、譲り合っていてね、扉が開く前からものすごい霊圧と光が隙間から入り込んで来たのよ」
Nanaの顔が白くなっていく
「お互いに共鳴しあって増幅していて、あのMiyuさんでさえ圧倒されていたわ」
「そうなんですね」
「Shintaroさんは遠い目をして彼を見ていた、予感するかの様な何かを感じていたと思うわ、あなたは気が付いていたの?」
「いえ、でも、確実に近づいて来ている気がします、あまりのんびりはしていられないけど、でも、Shintaroさんの気持ちが」
「そうね、Jinさんのオーラの色を知ってしまったからには、Shintaroさんも冷静ではいられないでしょうね、私もMiyuさんもあなた達が王様に拝謁する機会は無かったと思っていたんだけど?」
全てを見透かしている様なオーナーKeiの言葉に、ただ、目を伏せて、俯くNana
それから一週間を過ぎても、電話にShintaroさんが出る事はありませんでした
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