帰ってくれない?
Nanaの家から車で10分ほど走ると、upper classな街並みに変わって行く
通りは既に夜中の1時を過ぎているのに、そこそこの人通りがあり、飲食店や遅くまで開いているスーパーやショップの灯りが辺りを照らしている
Shintaroさんのマンションの前でハザードランプを点けて停める、この時間でもマンションの入り口付近は出入りがある
マンションの中に設置された立体の駐車場には鍵やカードが無いと止められない仕組みになっているから、どこか路上に停めて待つしかない
(Shintaroさんはいつも、この横道を通って、通りの駐車場入り口から入っていた、そういえば、路上パーキングがあったはず)
夜中の路上パーキングに停車する車は少ない、通りから入ったすぐの場所が空いていた
(ここだと、私の車があるとすぐにわかってしまう、そうしたら、会いたくなくて直ぐに駐車場へ入ってしまうか、通り過ぎてどこかへ行ってしまうか、って、私みたいに姑息に逃げたりするタイプの人じゃないか)
運転席の窓から覗いてみると高層マンションが自分を見下ろしている様に感じる
(あ~あ、私の住んでいるアパートとは大違い)
Nanaの部屋は賃貸で、ちょっと頑張って広めのワンルーム、プラス小さなキッチン、といっても通路と兼用みたいな作りになっているから、玄関を入ると、ほぼ、部屋が見渡せる
(そもそも、私達は釣り合わないんだったなぁ)
どのくらいそうしていただろうか、一時間近く経った頃、一台の車のライトが向かって来るのが見える
近づくにつれて、見慣れた車、Shintaroさんだ
耳元で心臓の鼓動が大音響で流れる
(口から心臓が飛び出る?だったっけ?あれ?耳からだっけ?あ~どうしよう、もう直ぐ近くに来る、身体が動かないよ)
少しスピードを下げて、Nanaの車に近づくと、すぐ前に縦列に停まった
(通り過ぎないで、停まってくれたんだ、今、行かなきゃ)
運転席から飛び降りて駆け寄る、Shintaroさんの車の運転席側の窓が静かに下がって行く
(何か言わなきゃ、もう、誠心誠意、謝るしかないよね?)
でも、明らかにShintaroさんの顔色が違う、そして、Nanaの方を見ようとはしない、こんなShintaroさんは初めてだった
「あの」そう言いかけた時
「今日はもう疲れてるんだ、何も話したくないから、帰ってくれない?」
その声は氷の様に冷たく、今まで聞いたことが無いくらい低い声だった
どれだけ、Shintaroさんを怒らせて、それ以上に傷つけてしまって、もう、元には戻れないほど、ひどい事をしてしまったんだ、そう思ったら何も言葉が出て来なくなってしまった
運転席の窓が静かに上がるのが見えて、Nanaを避ける様にバックしたShintaroさんの車は表通りの駐車場に消えて行った
愕然として、ただ、ただ、立ち尽くしている足が震えている、徐々に震えは上にも伝わって、立っていられなくなったNanaはその場に座り込んでしまった
地面に着いた手の甲に大粒の涙がぽたぽたと落ちる、お腹から息が漏れて喉で詰まった様な変な音がする
(私は人前では絶対に泣かないと決めている、だって、普通に泣けないから、犬がくーって唸るような変な泣き声になってしまうから、誰にも見られたくない)
どの位そうしていただろう、頭がぼ~としたまま、足を引き寄せてみるが、力が入らない、立てない
(腰が抜けたってこういう事?)ちょっとづつ、足を前に出そうとして横座りくらいまでは動いた
”カチャッ”鍵がこすれる様な音がして、顔をあげるとマンションの石垣の低い段に座ってこちらを見ている人影
立ち上がって歩いて来る
「いつまでこんな所に座り込んで、捨てられた子犬みたいに唸ってるの?」
「ごめんなさい、あの、私、立てない、動けないの」
「ふっ、腰が抜けた?」
「ってうの?かな?こんな風になるの?」
大きなため息をついて、ポケットから小銭を出しパーキングに入れる、Nanaの車からバッグを取り出し、車の鍵を閉める”キュンキュン”って音が鳴る
Nanaにバッグを渡すと背中に腕を回して、「俺も、疲れていて力が出ないから腕を首にかけて」
言われた通りにしがみつくと、よっこいしょっと抱き上げてマンションの中へ入って行く
「ボタンを押して、ポケットからカード出して」
自動で玄関のライトが点く
「靴、脱げる?」
慌てて、手で靴を外すと「そのまま落としていいから」
広い部屋に入ると、また、自動でライトが点いて、ふかふかのソファへNanaを座らせた
大きな冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、テーブルに置くと
「重たいの抱っこして汗かいたから、シャワー入ってくる、先に休んで」
「すみません」消えそうな声
水の音が段々遠くなって、少し横になっている内に、いつの間にか眠ってしまった
身体の上に何かふわっと重さを感じて、(優しい花の香りの石鹸かな?シャンプーかな?誰かが髪を触っている様な感じがする、ハッ、寝ている場合じゃないって)自分の置かれている状況を思いだす
咄嗟に髪に手をやって掴むと目が覚めた
「ちょ、ちょっと横になったらウトウトしてしまったみたい」
「手、手痛いから離してくれない?」
思わず握ってしまったのはShintaroさんの手だった
「はっ、ごめんなさい、私何やってんだろ、なんで手、握ってるんだろ?」
「あんまり髪がボサボサだったから」
ちょっときまり悪そうに横を向いている
「えっ?そんなに?ボサボサ?変?汚い顔してる?」
心配そうに鏡を出して見る
「なんてひどい顔、目がパンパンに腫れてる」
保冷剤にタオルを巻いて持って来てくれたShintaroさん
「ほら、これ、多少は引くだろう?」
「Shintaroさん、あの、私、本当にごめんなさい、何度言っても足りないだろうけど、他に何も言葉が見つからない」
静かな時間に通りの車の音が微かに聞こえる
「何も考えられないんだ、疲れすぎて」
そう言って背を向け、ベッドルームの扉を閉めたShintaroさん、一人、リビングに残されたNanaの心はぽろぽろと剥がれる様に崩れて行ったのでした
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