コントロール無いなぁ
「もうこの時間は救急しかないですね、週末だし病院はお休みですよね、一番近い救急の病院は表通りのShigeさんところ?Shigeさん夜勤かな?」そう言うとNanaがちらりとMiyuさんの方を見る
「ふ~ん、そうなんだ、やっぱりお医者様になったんだねぇ~」ちょっと満足そうな顔に見える
「あ~あ、Miyuさんにばれちゃった」ちょっと不満そうに肩をすくめて、電話をするために携帯を出した
「大丈夫です、後で自分で行きます」小さな声でずっと下を向いたままのSakiさん
「もう血は止まっている様ね、応急処置だけでもしないとね」
救急箱を取りに行っていたオーナーKeiがソファ席へ促す
「こちらのお席で手当てしましょうね」
Shintaroさんがフロアーに座り込んだままのSakiさんに肩を貸そうと引き上げようとする
ぽたぽたと落ちた血液に紛れたガラスの破片で滑って膝をつく
「Shintaro君、膝から血が出てるわ、ガラスの破片で切ったんじゃないの?大丈夫?」
「このくらい、大丈夫です、それより、Nanaの額が少し切れている様なのでそちらをお願いします」
「あら、血が飛んでるだけじゃなかったの?」
Nanaも自分では気が付いていなかった様子、手で拭うと薄っすらと滲んでくる赤い一本の線
「ん~さっき、柱にグラスが当たった時に飛び散った破片がかすったみたいね、後が残らないといいんだけど」
「え?でも顔でしょ、ちょっと見せてごらんなさいな、まぁ、このくらいなら日がたてば消えて行くんじゃないかしら、でもちょっと心配ですわね」
「こんなの平気ですよ、全然大丈夫です、絆創膏貼っておけば、あります?」
「あるわよ、はい、Miyuさん、これ貼ってあげて下さいな」
「Nana、ちょっと、こら、動かないでじっとしてなさいよ」
「くすぐったいよぉ、Miyuさん、早くしてよ」
「うるさい子ねぇ」少し、はしゃいでいる様にも見える二人
「ごめんなさい」小さな声
「大丈夫、ほら、これでもうおっけ」額の絆創膏を見せて、前髪を直して隠して見せる
「私、この破片であなたの顔に傷付けようとしたんですよ、どうして誰も責めないんですか」
一瞬、音が止まって、さっき淹れたモカの香りがまだ少し残っている
「Sakiさん?だっけ?あなたは最初から当てるつもりで投げてないし、結局はそんな事出来ず、自分の手のひらを傷つけてしまったじゃないですか」
「当てるつもりで投げました」
「この距離で投げて当たらないってコントロール無いなぁ」笑いながら床に散らばったガラスをモップで集め始めた
「いいよ、やるから、Nanaはちょっと座っていた方がいい、皆さん、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
今までほとんど言葉を発しなかったShintaroさんがNanaの手からモップを取る
「Shintaro君が謝る事はないわよ」
「Shintaroさん、膝の切ったところを見せて下さいな」
「ズボンが破れてしまいましたね、うん、もう血は止まってるし大丈夫そうですわね、絆創膏貼っておきますね」
「そっか、じゃ、掃除は任せたからちゃんと綺麗にやってよね」
「取り敢えずさ、応急処置したら、車で全員そこの救急へ送るわよ」
「てか、Miyuさん、コーヒー飲んでるし、自分でコーヒーカップに注いだの?」
「そうよ、喉渇いちゃったんだもの、そのくらい出来るわよ、Nanaも飲む?」
「いいですよ、自分でやりますから」
カウンターに並んで座り、まったりとコーヒーを飲む元母娘の背中
「さ、出来ましたよ、Sakiさん、痛みますか?」
「大丈夫です、ありがとうございます」
「じゃ、ここに少し座って休んでいて下さいな」
辺りに甘く切ない様な深みのある香りが広がって淀んでいた空気が澄んで行く
オーナーKeiが淹れたてのコーヒーをカウンターに置いてNanaへ、頷いてSakiのテーブル席へ運ぶ
「オーナーのコーヒー美味しいんですよ、元気出ますから飲んでみて下さい」
「あの、知ってます」
「前にお姉様のYuiさんといらしたのよ」
「ところでさ、私の車は2シーターだからさ、2台で行かないとだめよね」
「そうだよ、Miyuさん、Shintaroさんの車が大きいからいいんじゃない?後ろのシートを全部倒して、寝っ転がって行こうかなぁ、怪我人だし」
「何言ってんだか、じゃさ、私は、そのまま帰っていいよね?」
何事もなかったかの様に過ぎてしまいそうな雰囲気の中、ただ、コーヒーの香りが残るのでした
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