気配が少しづつ
色とりどりの傘が街を飾る、カフェの傘立ても窮屈そう
カウンターでは相変わらずまったりとコーヒーを楽しむMiyuさんが、ちらりと壁時計に目をやって「そろそろ来るんじゃない?」
「あら、もうそんな時間?ちょっと豆を挽きましょうか」
「いい香りね、今日はどんなブレンド?」
「それは、お楽しみにして下さいな」
「最近、香りで何となくわかるんですよね~」
「あら、すごいじゃない?」
ドアベルが鳴り、一人の青年が慌ただしく入って来た
「お待たせして申し訳ありません、Shintaroさんはまだ、前の商談が長引いてしまっていて、遅れます」
「そうなんですね、ささ、こちらへどうぞ、今、淹れたのコーヒー、どうぞ」
「ありがとうございます、Renと申します」
「Shintaro君の仕事をいくつか引き継ぐの?」
Miyuさんは既に何度か会っている様な口ぶりだ
「はい、今、Shintaroさんが溢れちゃってるんで、こちらの仕事も一部私の方で引き継がせて頂きますのでよろしくお願いします」
「Shintaro君、ご指名多いものねぇ」
「あら、そうなんですね、よろしくお願いしますね」
「ま、Ren君もお仕事出来る人だから、頼りにしてるわよ」
「遅くなってごめんね~」ドアベルが鳴り、Haruさんのご到着
「じゃ、奥のテーブルで始めましょうか、今、運びますから」
ずっとその存在すらを気づかれない様にオーラを消していてたNanaが奥のテーブルへコーヒーを運ぶ、微かに、手が震えている様な…
「Nanaちゃん、Shintaroから話しはよく聞いてるよ、よろしくね」
満面のニッコリ顔を作って「はい、よろしくお願いしま~す」っと、くるりと向きを変えて、去っていくその顔は顔面蒼白
「今、落ち着いているから、ちょっと時間早いけど、Romiさんところへ今日のデリバリー行ってきてくれるかしら?」
「はい、そうします」一目散に出て行った
オーナーはどのくらいわかっているんだろう、いや、どのくらい思い出したのだろうか
歩きながら落ち着きを取り戻して、ふと、思う「どっちの記憶だろうか」
中々、戻って来ないNanaを気にしていたMiyuさんが、視線で合図する方を見る
窓の外でShintaroさんとNanaが何か話しをしている姿が目に入る
Nanaの腕を掴んだShintaroさんの手を振りほどく、何か言い争いをしているのだろうか
「こんなところでいいんじゃないかしらね、どうかな、皆さん?」
Haruさんのひと声で空気が変わる
「では、次回、最終サンプルの結果で決めましょうね」
「皆さん、暖かいコーヒーをもう一杯、お持ちしますね、お疲れさまでした」
ドアベルの音が、Nanaの落胆を思わせる
「遅れて申し訳ありません、もう、終わってしまった様ですね、Renさん、ありがとう」
「大丈夫ですよ、社に戻って報告します」
「Shintaro君は忙し過ぎるのよ、まあ、ゆっくりコーヒーでも飲んで行きなよ」
「すぐ、淹れますね、お待ち下さいね」
甘く優しい香りに和やかな雰囲気で会話が弾む、話しの上手な人達のかたまり
カウンターでNanaはただ、ひたすら洗い物している
窓の外の様子を瞳の奥に映していた人物がもう一人、凍るように冷たいその眼差しは、遠く、古い記憶を呼び起こす気配が少しづつ距離を縮めている様に感じる
そして、また、静かに揺れるコーヒーのコクの様に深く沈んで行くのでした
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