いつの時代の文字だろう
電話のベルがなり団体のお客様の予約が入った
カフェの近くでミニチュアクレイクラフトの教室が開かれている
その教室の先生がカフェの常連のお客様、Kikoさんだ
教室の後、生徒さん15人程と一緒にカフェで午後のコーヒータイムを過ごしたいと、ひと月に数回、不定期に予約が入る
「14時に教室が終了するから、そろそろですね」
ホールの一部の席を予約のプレートで確保していたNanaがテーブルの上を綺麗に整えている
ドールハウスが良く知られているところだが、お店、フルーツ、花、食器、ステンドグラスに至るまで様々な作品が作られている
カフェにもKiko先生の作品がいくつか飾ってあるが、細かい作業で器用に作り上げ、見ているだけでも夢が膨らむ、ある意味、小さな別世界へのトリップではないかと思う事がある
次々と迎えてカフェはあっという間にお喋りの渦が巻いている
あちこち、オーダーを取り、デザートなどもひと通りお出しして様子を伺っていると、一人の女性が何となく輪の中にいるのに違和感を感じて気になる
今日の制作品をそれぞれがお互いに見て苦労した点や、上手く出来たところなどを自由に話しているが彼女の作品は少し、違っていた
いつの時代の文字だろう、古い衣装が描かれたお皿の様なもので、ぼんやりとした背景が描かれているがよくわからない
「いつもありがとうございます、今日は急な予約ですみません」見るからに優しそうなピンクやオレンジのオーラに包まれた女性がカウンターへ挨拶に来て少し圧倒される
Kiko先生は時々、大学生のお嬢さんを連れてカフェにいらっしゃる事もあるが、生徒さんと来店される時は一段と輝いている様に見える
「来月、展示会をするので、最終日、出来ればこのカフェで打ち上げをしたいと思うのですが、お願い出来ますか?」
「是非、是非、お願いします、ねぇ?皆さん、こちらのカフェのお料理も美味しいんですのよ」
話を聞いていた生徒さん達が口々にお願いの言葉を投げかける
毎日いらっしゃる常連のお客様が入れなくなってしまうので、オーナーは基本、貸し切りは行っていないが、お断りする雰囲気ではない様だ
「一部のレイアウトを変えて、プランター棚とかを仕切りにして対応できるかしら」
「二人でお料理とかまではちょっと大変じゃないですか?」
「そうねぇ、一般のお客様が混んで来たらちょっと、まわらないかしらねぇ」
「それにこのプランターとか重いから動かせますかねぇ」
少し、時間をもらって前向きに検討する事にしたのだが、誰か手伝ってくれる人も必要になるだろう
オーナーには心強い仲間がいるのでそこら辺はいいとしても、十分な準備期間があるとは言えない
「無理言って申し訳ありませんね」
ひと時のお喋りを楽しんだお客様方がお帰りになると、カフェの静かな午後が戻って来た
オーナーは断ると困ってしまうであろうKiko先生のためにもきっと上手くやってくれるだろう
常に、ポジティブ、誰かのために、そういう人なのだ
「ま、何とかなりますよ、私も頑張ってお手伝いします」
「そうね、心強いわ」
カウンターで今日のブレンドを飲みながら、思い出すのはあの作品の女性の事
そういえば、以前、溜息をついて窓の外をぼんやり眺めていたあの女性に似ている様な気がする
が、それ以上に気になる…
その女性がNanaの方をじっと見つめていたあの視線が物語るその先に何があるのか、掴みどころのない不安にかられるのでした
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