視覚の隅に映った予感
霧の様な雨が降る朝、いつになく頭がすっきりしないのには理由がある
現場との打ち合わせが終わり、スケジュールの調整などの詳細を検討するために依頼元の企業へ向かう車の中「あ~あ、言ってる事が全然違うよね、どうなってんのよ」
とかく、間に挟まれる者は調整力が要求されるが、今回の依頼は上手く立ち回るには難易度が高い
昨日まで、協力者として良くしてくれていた人が突然、別の人に付く事で窮地に追い込まれた事がある
今回の仕事にその人が直接的ではないにしろ、関わっている事が、心に重く圧し掛かる
が、そんな事はすぐにちぎって捨てる、考えてもしょうがない事にいつまでも引きずられない私は強い、と他人事の様に思う
カフェに着くと今日のブレンドの香りが包み込み、まるで義骸を脱ぎ捨てるかの様に一瞬で全てが入れ替わる
そこに何も言葉はない、暖かく微笑むオーナーがすっと出してくれる美味しいコーヒーが私のスイッチ
「あ~Nanaちゃん、お帰り」常連のお客様、Konさんが嬉しそうに声を掛ける
「今日は、早いじゃん?」ため口で話しかけるとニコニコしてそれまでの出来事を話し続ける
きっと他に誰も聞いてくれる人がいないのだろうな
カウンターに入ってシンクのカップを洗いながら、一頻りKon爺さんの話しを聞いて、夕刻の忙しさに飲み込まれて行った
仕事帰りのお客様方が帰り、カフェも落ち着きを取り戻した頃、カフェの外の光景に愕然とする
自分の目を疑い、大きく見開いて事態を解明しようと脳の回転数を上げるが追いつかない速度で近づいて来る
そして、記憶が定かではないあの夢の映像はこの人だったのかと震える
扉が開いてカランカランとベルが鳴る
「あら、今日はお連れの方がいらっしゃるのね、遅くに珍しいじゃない?」
「近くで打ち合わせがあったんで、寄らせてもらいました、まだ、大丈夫ですか」
「もちろんよ、どうぞ」
視覚の隅に映った予感は一瞬だったが、爽やかな笑顔の横には顔がない
まるでホラーじゃないのと心の中で笑い飛ばし、振り返ってみると特に不思議な感じは無い
仕事帰りの他愛もない会話をする長身で美しい青年が二人
「いつも聞かされていたんですよ、コーヒー、本当に美味しいですね」
「そう?それは良かったわ、Shintaroさんの好きなブレンドですものね」
時々、辺りを見渡している
「今日は朝からだったのよ、それで早く上がってもらったの、何か用事だったかしら?」
そうでない事はわかっているのかもしれない、が、何も答えずにただ、頷いて、雨も上がり月明かりが照らし始めた道を二つの影は遠ざかって行った
「もう、お帰りになったわよ」
「冷蔵庫のお掃除と補充をしておきました」キッチンの奥から何事も無かったかの様なNanaが現れる
二人、カウンタに並んで静かにコーヒーを飲みながら、ある一つの共有するものがあると確信したのでした
コメント