美しいピアニストの風
扉を開けて、耳に飛び込んでくる音色に、コーヒーの香りが波紋の様に広がり纏わり付く感触を覚える
何とも隙のない完璧な音色の主はピアニストのAmiさん、常連のお客様で、時々、カフェでミニコンサートを開いている
今日は珍しく一人の様子、いつもはマネージャーや取り巻きの人たち、音楽仲間とワイワイ、賑やかにご来店される
お店の片隅にあるアップライトのピアノは、いつも弾いているグランドピアノとは少し勝手が違うのか、肩の力を抜いた流行りの曲のストリート風、そのギャップがカッコイイ
他のお客様がいる時は余程の事がない限り弾く事は無いが、今日は数人のお客様のリクエストにも応えているのはきっと良い事があったのだろう
細身で長い髪を揺らし、ピアニストの指が鍵盤の上を跳ねるように踊っている
美しいピアニストの風にカフェの空気も渦を巻いてお客様を運んでくれる様だ
手繰り寄せられた人々の中に、スラっとした少年二人、ドアベルを鳴らす
「どうも」少し照れくさそうに軽く頭をさげて、しかし直ぐにピアノの方へと引き寄せられて行く
「今日はお友達を誘って来て下さったのね」
「同じ大学のバスケの仲間なんです」
「こんにちは、Kohといいます、美味しいカプチーノが飲めると誘われて来たんです」
「あらあら、それじゃ、飛び切り美味しい一杯を淹れないとね、Nanami君のお気に入りでいいかしら?」
頷き、会話をしながらもピアノの演奏に気持ちがさらわれている二人は視線が定まらない
「そこの少年たち、何かリクエストあったらいいわよ?」二人は顔を見合わせて迷っていたが、以外にも”Sing!Sing!Sing!” ジャズをリクエスト
足でリズムを取って音色に乗っている内に、Amiさんが座り位置をずらし、「あなたもピアノ弾くんでしょう?」ここへ、と顔で合図をしている
そして、一緒に連弾が始まり、ミニライブの様な雰囲気に、通りから覗き込む人々や外で手を叩いている人、 こらえ切れずにお客様になってしまった人もいてカフェはあっという間に満席状態
「こんなカフェの一日もたまにはいいわよね」
このところの霧も晴れる様なそんな光景にひと時の解放感を得る一方、急に忙しくなったカフェの壁時計はNanaの出勤時間を待ち遠しそうにチックタックと針音を立てるのでした
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