知られてしまったんですね
少し秋の気配を感じる風が吹いて、昼間の暑さを忘れさせてくれる夜、そろそろカフェの一日も終わりに近づく頃
「来たわよ、Nanaから来て欲しいなんて珍しいじゃない?」
「Miyuさん、忙しいのにすみません」
「いいわよ、コーヒー飲みたかったし」
「お待ちしておりましたわ、どうぞ」
「あぁ、ありがとう、うん、この香り、かなりいいわね」
「ふふ、今日は幻のコーヒー パナマ・ゲイシャの豆が入手出来たんですのよ、ストレートでどうぞ」
「すっきりしてて美味しいわ」
「Miyuさん、これ、Konさんの差し入れ、東甘堂のサツマイモのお菓子だよ、Miyuさんの分取っておいたから食べてね、美味しいよ」
「ありがとう、頂くわ」
「看板入れて来ますね、ライトも落としておきます」
「お願いね」
「ねぇ、なんの話しだった?私に聞きたい事って?」
「私もまだ、何も話していないんですの、今日はカフェも忙しくて話す時間も無かったんです」
「看板、ちょっと汚れていたので拭いておきました」
「よく気が付くじゃない?偉いわね」
「そんな、小さな子みたいですよぉ、偉いなんて」
「で、もう話し出来るの?まだ、片付けあるの?」
「私の方はこれで終わりです、オーナー何か手伝いますか?」
「こちらも終わったわ、ささ、Nanaもコーヒー淹れたわよ、Miyuさんも待っているから座りましょう」
「はい、実は、確認したい事というのは、MiyuママはShintaroさんの母上様と仲良しだったんじゃないですか?」
「え?いきなりね、どうして急にそんな事を?」
「私、あの後、Shintaroさんが珍しく一人でいたくないみたいで、飲みたいって話しになって、Shintaroさんのマンションでちょっと飲んだんですよ、最初はオーナー直伝のレシピからおつまみに良い物などを作って楽しく飲んでいたんですけど」
「まぁ、そうなの?Shintaro君から飲みたいって言うなんて滅多にないわよね」
「そしたら、ちょっとこの前のJinさんとの事をどうしてって問い詰められちゃって」
「そう、やっぱり納得いってはいなかったんですわね、それもわかりますわ」
「で、ちょっと口論になってしまったんです、Shintaroさんもいつになく飲みすぎちゃって」
「うんうん」
「で、まだ、ワインを開けようとしたから、止めようとして手を握ったんです」
「うん」
「そしたら、鍵も無いのに、そのまま、Shintaroさんの過去の記憶というか、たぶん、心の闇の中へ入り込んでしまったんです、私はその場で倒れてしまって」
「え?そんな力もあったの?」
「わかりません、こんな事初めてだった、でも、どう考えてもあれはShintaroさんだけの記憶の世界だった」
「なるほどね、そこで見たわけだ、私とShintaro君の母上が」
「はい、私はまだ、小さかった、母上と一緒にShintaroさんのお屋敷だと思うんですけど、そこで笑ってる姿がありました、Shintaroさんの母上様はご病気で早くに亡くなったんでしたよね?」
「そうですわね、私も正直あまり記憶は無いんですのよ、姉上様は親しくされていたんですの?」
「うん、あなた達は知らないわね、最初、縁談を決めたのは私だっていったけど、実はShintaro君の母上ともっとずっと前にそう決めていたのよ」
「そうなんですか?じゃ、なぜ、そう言わなかったんですか?」
「あの頃、お父上は護衛隊長に任命されたばかりでほとんど家には帰れない状態で、お母上が持病で倒れられてからShintaro君の事を案じてね、それで、内々に私に色々と託されたの」
「そうだったんですね」
「それから間もなくご逝去されて、私も見守ってはいたんだけど、Shintaro君は気丈に明るく振る舞っていたわ、周りに心配をかけまいと健気なくらいだったわね、もちろん、侍女が生活のお世話はしてくれるけど、よく我が家に来て一緒にご飯を食べたりしたわ」
「その頃からは覚えがありますわね、Nanaが兄上って呼んでいて本当に兄妹の様でしたわ」
「たぶん、彼にとって、Nanaはその頃から安らぎというか、唯一心を許せる家族だったんじゃないかな」
「そうなんだ、確かに本当の兄上と思っていたくらい何でも頼りにしていたから、それが私にとっては自然な事だったんだけど」
「それから、暫くしてShintaro君は訓練生として忙しくなっていったし、Nanaも遅れて入ってそこからは常に一緒に行動していたでしょう?毎日訓練に明け暮れる生活になっていったわね」
「若様や弟君とShintaroさんは面識が無いはずだと思っていたんです、でも、私は見てしまった」
「ん?知り合いだったの?王族の彼らと?」
Nanaがオーナーの方を見るとちょっと感じが違う気がした
「王妃様には見えたものがあったんじゃないですか?」
「そうね、鏡を持っている誰か、若様意外の人、背が高くて、でもその人は影みたいでよく見えないんですの」
話しに夢中になっている三人は、Shintaroさんの車がカフェの駐車場に入って来た事に気付いていない
「若様と何か会話をしているのが見えて、その後、弟君とShintaroさんが何か相談をしているみたいだった」
「う~ん、どういう事?それってさまさか?だよね?オーナーは何か知ってるの?」
「今、思い出そうとしているんだけど、う~ん、鏡にそっと、鏡蓋をして、それから」
ドアベルが鳴り、驚いてその方を見る三人の顔が凍り付く、が、直ぐに取り繕うオーナーとMiyuさんが口を開く
「あっ、Shintaroさん、いらっしゃい、全然気が付きませんでしたわ、車、入って来たかしら?」
「お疲れさん、Nanaの迎えに来たの?」
NanaはShintaroさんの顔を見られずにいた
「朝、Nanaを送る事が出来なかったので、ちょっと心配になって、車が無いはずだから迎えに来たんですが、お邪魔でしたか?」
「そんなお邪魔だなんてねぇ?オーナー、私達の方がお邪魔でしょうに」
「ええ、ええ、そうですわ、相変わらずShintaroさんは優しくて、Nanaの事を気に掛けて下さるのね、もう上がっていいわよ、Nana」
いつになく早口のMiyuさんと言葉が多いオーナー
一瞬、静かな空間にひゅ~と風が吹いて、二人の顔がよそよそしく、また、そわそわとしている
「皆さんに知られてしまったんですね」
Nanaはいつもの様に遠くを見ているかの表情でぼんやりしている
「朝のNanaを見て分かっていました、Nanaは自分の心を見せない様にする時、煙の様な霧のような白いもやがかかる、本人が気付いているかはわかりませんが」
「Shintaroさん、お話しして下さらないかしら?鏡にNanaを閉じ込めたのはShintaroさんですわね?」
Miyuさんが隣の椅子を引いてShintaroさんにすすめると、溜息をついてMiyuさんの横に座った
Shintaroさんの顔はどこか、既に心を決めているというか、ふっきれている様にも見えるのでした
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