ある意味罪なんだよねぇ
「ねぇ、Shintaroさん、憶えてる?まだ、私が訓練生になったばかりの頃、馬から落ちそうになった事」
「あぁ、あの時は本当にヒヤッとしたな、弓が馬に刺さって暴れだして」
「まだ、上手に乗りこなせていなくて、Shintaroさんに助けてもらったでしょう?」
「うん」
「あれは、近くで王族の王子様達が弓賭けをしていて飛んできたんだよ」
絶句するShintaroさん
「最初は的当てだったけど、勝負が決まらず、その内に動く標的を射るという事になって私の乗った馬に弓を放ったんだ」
「そんな危険な賭けを、もし、Nanaに当たっていたら」
「実際は私を狙ったのか、馬だったのかはわかんないけど、最初に弟君に会ったのはその時」
「最初に?って事は次があるって事?」
「うん、武人会の恒例行事で都で一番の剣士を競うので絡んで来た若様達がいたじゃない?あの時、Shintaroさんに負けた人の一人」
「え?あの時?ん~あんな人いたかな、覚えが無い」
「まぁ、Shintaroさんに負けた人は沢山いたでしょうから、Shintaroさんにとっては覚えのない程度の人でしょ」
「でも、そんな事で?恨むか?」
「あの頃、Shintaroさんは知る人の間では有名だった、首席合格の上に、武闘大会でもShintaroさんが優勝して、お父上が護衛隊長だったから、あっさりと武官への道を選択したのもね、何て言うのかな、私は謙虚で欲が有りません的な?」
「実際、そんな深く考えていなかったよ」
「要するに、Shintaroさんは昔も今も、何でも出来すぎてるんだって、羨ましいと思う人も妬ましいと思う人もそりゃいるでしょ」
「そんな羨ましがられる事なんて何もないよ」
「そういう、自覚のない所も、ある意味罪なんだよねぇ」
「罪?う~ん」
「兄上様って言ってたけど、庶子でも別の側室の子供同士で、王子様達の中にも色々と上下関係やら、扱いに違いがあって、足の引っ張り合いみたいなのがあったんだろうね、弟君はかなり荒れてたっぽい」
「まぁ、どの世界にも色々とあるんだろうな」
「うん」
「あのさ、今でも正直、よくわからないんだ、どうしてNanaが俺には何も言わず一人で危険を冒してまでJinさんと出掛けたのか」
不意をつかれて一瞬、目が泳ぐNana
「だって、確信がなかったし、若様の方はそんなに悪い人には見えなかったから、でも、もう行かない」
「そんなに飛行機が見たかったのなら、言ってくれたら良かったのに、いつだってどこへでもNanaの行きたい所なら」
「Shintaroさんは飛行機見に行きたいって思う?見ていて楽しいって思う?純粋にそう思える人と一緒に行きたかった、それだけだよ」
「それって、俺じゃ不満って事?」
「そんな、いつも助けてもらって、守ってもらっている私が言える立場じゃないし」
「そんな立場とかっていうのじゃないだろう?どうしてそんな風に思うの」
「Shintaroさんはいつだって、どんな事だって受け入れてくれる、今回の事だって、私が飛行機見に行きたいっていったら、きっと嫌な顔一つせずに一日中だって付き合ってくれるのはわかってるよ」
「だったらどうして」
「自分でもよくわからない、でも、なんか私、自分の足で立って無い気がする、Shintaroさんは罪の意識から私のために生きないといけないって思ってない?」
「そんな事は」
「確かに、今回の事で、Shintaroさんがいないと駄目な自分もよくわかったし、鏡の中から出られないし、一人では戦えないかもしれない」
「ん~」
さっきまでの楽しい時間がふわふわと白い靄がかかったような空気に覆われて行く
「俺はどうしたらいいんだ?傍にいたら自分の足で立っていない気がするんだろう?」
「Shintaroさんが悪いんじゃなくて、私がダメダメなだけだよ、これは私の問題だから、私も羨ましいと思う、妬ましいと思う、その中の一人なんだよ、きっと、Shintaroさんにはわからないよ」
音の無い時間をかき消す様に、冷蔵庫からビールを取り出して開ける音がする
「飲みすぎじゃない?大丈夫?」
「はぁ…”Shintaroさんにはわからないよ”か、昔からずっとそう言われて来た、Nanaまでそんな事言うの?」
「かなり酔ってるっぽいよ?そのくらいにしておいた方が」
「いや、ワインにしようか」
キッチンの奥の引き戸をあけるとストックルームになっていて、据え付けの小さなワインセラーがある
「え~~本気?てか、ワインセラーまであるの?」
持ち出してきたワインを開けようとするのを止めようと触れた手が静電気の様にピリピリと痛い
「Nanaこそ、俺の気持ちなんか何もわかってない」
そっと握った手からめまいがするほど伝わって来る悲しみを吸収する様に力を込めて行くと、段々、意識が遠のいて行く
(うそ、何?これ、どういう事?また遠い記憶へ飛んでいくって事?)
天井の照明についているファンがクルクル回っているのが見えて、ゆっくりと歪んだ渦の底に沈んでいったのでした
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