拍子抜けして
天気予報がこぞって梅雨入りの時期を予想すると、常連のお客様方も話題にし始める
今日は晴れていてもすぐそこに迫って来ている事を意識せざるを得ない気分になる
「どうして梅雨って来るんですかねぇ、雨ってあんまり好きじゃないな」
「あら、いつもポジティブなNanaが珍しい発言ね」
聞こえない振りをしているのか、ぼ~っと窓の外を眺めている
「大丈夫?昨晩はあんなに楽しそうにしていたのに、あれから何かあったの?」
「え?あ、いえ、何もないですよ」
「隠し事は無いんじゃなかったかしら?」
少し考え込んでいる表情で、いつになく迷いがあるのか、言葉を探している様子
「いつでもいいのよ、無理しなくても、話したくなったらで、ね」
ドアベルが鳴り、振り返るとそこにはRenさんがにこやかにこちらを見ている姿が目に入る
凍り付く様に固まるNana、慌てて奥のテーブルの片付けを始めた
「あら、いらっしゃいませ、お一人ですか?」
「はい、近くに仕事で来たのでコーヒー、一杯頂こうと思って」
「あらあら、そうでしたの?お疲れ様ですね」
「カウンター、いいですか?」
「もちろんですよ、どうぞ」
「前から、このカウンター席に座ってみたかったんです」
「そうでしたの?座り心地はいかがかしら?」
「最高ですね、いつも常連のお客様が座っていて会話も楽しそうで、きっとオーナーが近くに感じられるんですね」
「打ち合わせ以外では、一度、Shintaroさんといらっしゃったかしら?」
「ええ、その時も、ほら、あの席でしたので」カウンターにほど近いホール席を指さす
甘く、深いコーヒーの香りが辺りに立ち込めると目を細めてうっとりとした表情になる
「香りもカウンターだと一層近くていい香りです」
まさかのカウンター席にNanaが覚悟を決めたかの様にカップを下げて戻って来た
「いらっしゃいませ」
「ああ、Nanaちゃん、こんにちは、カウンター席はいいね、これから時々、一人で来たいな」
「ああ、はい、そうですか…」
「さぁ、どうぞ」
コーヒーカップをちらりと見て、香りに癒される様に少し、目を閉じて、ひと口
「美味しいです、コクが深い、苦みもいい感じだ」
「それは良かったですわ」
「カップのセンスも素敵ですね、オーナーのイメージに良く合っていますよ」
「趣味で集めたカップがほとんどですのよ、ちょっと偏っているかもしれませんね」
「いや、普通に服やヘアスタイルのセンスとかも抜群ですよ、ホントに」
「あら、そんなに褒めて頂いたらどうしましょう」
キョトンとした表情で何ともおかしな雰囲気のNanaが突っ立っている
「用意が出来たわよ、デリバリーお願いね」
「あ、はい、行ってきます」
「デリバリーもしてくれるんですか、いいですね、今度、Shintaroさんや他の社員の分とかも頼もうかな」
「ちょっと、会社までは距離がありますわね、冷めてしまいますよ」
首を何度か傾けながら、ちらちらと振り向いて扉を開けるNana
まるで、Nanaなど眼中に無いといった様子のRenさんに拍子抜けしている
「最終サンプルも上手くいってRenさんのお陰ですわね」
「とんでもないですよ、私など、まだまだです、HaruさんとMiyuさんのおっしゃる通りに進めただけですから」
「あの二人をまとめるだけでも立派なものですよ」
「あはは、確かに、手ごわいお二人です」
「カウンターに座っているからかしら、いつもと雰囲気が違いますわね、お仕事で何かいい事があったとか?」
「ん~それもありますね、この近くの会社の仕事が成功したので、これから担当にとご指名を頂きまして」
「まぁ、それは嬉しい事ですわね」
「ええ、なので、これからはちょくちょくカフェにも寄らせて頂きますよ、オーナーに会えるし」
「そうなんですね、お仕事の合間にひと息入れてくださいな、いつでもお待ちしておりますよ」
壁時計の知らせる時刻すら気付かない程、お喋りに夢中なRenさんは、スマホで呼び出され慌てて帰って行ったのでした
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