あの笑顔はずるい
窓から見える景色も移り変わり、同じように感じる毎日も進んでいる事に気が付く
「学生さんは試験中なのかな、帰りが早いですね」
「そうね、カフェの前の道を通る中学生や、高校生の姿が多いわね」
「そろそろランチの時間も終わりですね、今日もかなり、ランチ好評でしたよ」
「忙しかったわね、Nanaもお昼ご飯、用意しましょうね」
一人の女性がドアベルを鳴らす、初めていらっしゃる方、モデルさんの様にお洒落で皆が振り向く中、カウンターにほど近いホール席に着いた
目鼻立ちが整った正統派美人といったところだろうか、見方によっては少しクールで人を寄せ付けないオーラが感じられる
甘く、深い香りが立ち込めてうっとりしながらひと口、美味しそうにコーヒーを飲む姿も上品に見える
しばらくして席を立ち、カウンターのオーナーの方へ近づいて来て、香水かな?いい香りが鼻をくすぐる
「コーヒーが美味しいって聞いて、近くまで来たので寄ってみたんですが、本当に美味しいコーヒーでした」
「それは、ありがとうございます、お口に合って良かったですわ」
「また、寄らせて頂きますね」そう言って、ニッコリ微笑んでお帰りになった
先ほどまでのイメージとは全然違う、魅力的で親しみやすい、あの笑顔はずるい、と思うくらい可愛らしい
このギャップ、ガラス窓に映る自分の姿を見て、真逆だなってちょっとしょんぼり
神様って不公平だなって思う、持ってる人は全部持ってるのに…
「どうしたの?羨ましいって、自分とは全然違うって?」
「そんな事…」
「ん?思ってない?」
「めちゃめちゃ思ってますよぉ」
「ふふ、そう顔に書いてあるわよ」
「もう、オーナー、そんな意地悪な事言わないで下さいよ」
「Nanaにはあなただけの誰にも真似できない良さが沢山あるのよ」
「なんか、慰められてる感、満載です」
「あら、Nanaらしく無いわね」
あの事件やら、この事件やらでちょっと自分らしさを失っているのかな、素直に喜べない自分がいるのを感じる
しかし、そんなに元気が無いわけじゃないんだけど、ふりをしている様に見えるのかな、あ~あ、自分もまだまだ、だなって思ったりもする、が、そもそも私らしいって、らしさって何だろう、自分でもよくわかんないや
「何を考え込んでいるのかしら?」
「何も考えてませんよ、ご馳走様でした、ランチ好評だったのわかります、美味しかったです」
「そう?良かったわ、コーヒー飲むでしょ?」
「はい、頂きます」
優しく包み込む様な深いコーヒーの香りが、なんだか余計に切なくてチクチクっと痛む心に沁みる
「今日のコーヒーの感想は?どうした?」
いつものぼうっと遠くを見る様な表情のNana、しばらくしてこっちの世界へ戻ってきたかの様に真顔になる
「ねぇ、オーナー、あの人知ってるんじゃないですか?私達の知らない記憶の中にいるんじゃないですか?」
やはり、そういう所は勘がいいというか只物ではないのだった
大通りから一本入った道、長い上り坂の途中にあるこのカフェは、いつも変わらずそこにあって、お客様を癒す隠れ家
Nanaが初めてこのカフェに偶然立ち寄った日の事を思い出していた
きっと、あの頃はこのカフェもNanaにとって人知れず心を癒せる隠れ家だったのかもしれない
今は、隠れ家から抜け出して、敢えて立ち向かう道を選んで、直面している不安や迷いにもがいているのに見守る事しか出来ないのでした
コメント