本の中の主人公
初夏を思わせる陽ざしが街に降り注いでいるカフェの午後、誰も入り込めないオフホワイトのオーラに包まれたお客様が一人、静かにページをめくり、時間がゆっくり流れる事を楽しんでいる
Ruriさんは毎週火曜日と木曜日にいらっしゃる方で図書館司書のお仕事をしている
シフトの早く終わる曜日にこのカフェで、静かな午後のコーヒータイムを好きな本を読んで過ごしている
オーナーの心配りで小さなカップのお替わりを出すと嬉しそうに微笑んで今日の本の話しをしてくれる
「このお話しの主人公はね、とっても不思議な感性を持っていて共感出来る事も、そうでない事も面白く表現できる人なのよね」
「表現するって難しいですよね、意味不明とかいわれるし、私は苦手なんですよね」
「あら、それは人と違う発想が出来るという事じゃないかしら?素敵だと思うけど?」
奥のお客様のオーダーを取りに行くNanaの足取りが軽い、わかりやすいのは相変わらずだ
小さく笑いながら、目で追ってみると声もワントーン上がっている様だ
以前はホール奥の席に座っていたが、ある時からカウンターのコーナーに座るようになった
お客様が混んでくると気遣って席を立つのをオーナーが気が付いて、お替わりをカウンターに用意
「私達がバタバタするかもしれませんが、こちらでもう少しゆっくりして下さいな」
それからは、この席が定位置になった
「カウンター席は逆に、それぞれの世界を作れる席よ、人にもよるけれどね」
Ruriさんはモカ系が好みの様だが、色々なブレンドを飲みたいという気持ちがある
そういうお客様にはまた、その日、その日のブレンドをお出ししている
オーナーの心配りは本当に神だ、その人をちゃんと見ているという事にも驚く
そして、それが可能なこのカフェに対してもある意味、特別なものを感じる
豆を挽く音、お湯の沸く音、コーヒーを点てる音、エントランスドアのベルの音、時刻を知らせる壁時計の音、そして、何より淹れたての一杯のコーヒーをカップに注ぐ音は格別、全てが暖かく包んでくれる
今日も溜息をついているお客様が一人、先ほどから窓の外を眺めてぼんやりしている
カフェケイズは大通りからちょっと入った隠れ家カフェ、人々の心の隠れ家でもあるのかもしれない
陽はゆっくりと傾き、今日も静かに暮れていく
この時はまだ、近く訪れる鍵の持ち主に翻弄されるであろう未来と、このお客様が関係している事を知る由もなかったのです
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