舞い落ちる花びら
霞がかった空気に黄色の小さな粒が街中に降り注いで、いよいよ本格的な春がやって来る
「暖かくなるのは待ち遠しいけれど、この季節が辛い人も多くいますよね」
「そうね、今年は多いのかしらね」
「車、洗いにいかなくっちゃ、ボンネットにハンコを押したように小さな足跡があるんですよ」
「あら、近所の猫ちゃんかしらね」
このところ、カフェは忙しく、ゆっくりコーヒーを飲む時間が無かったせいか、今日のNanaはよくお喋りをしている
「こんな季節に合う、目鼻もすっきりする様なブレンドにしてみたのよ、どうかしら」
子供の様に嬉しそうに座りなおして、待っていましたとばかりにひと口
「冠を被ったお姫様が透き通った空高く剣を掲げている、そんな絵画を見てる優雅な気分です」
相変わらず理解不明な感想だけれど、やはり、只物ではないらしい
ドアベルが鳴り、常連のお客様のHiroさんがご来店
可愛がっているわんちゃんのお散歩コースのちょうど中間地点がこのカフェなのだ
「ちょっと休憩させてもらうよ」
「さぁ、どうぞ」
いつものHiroさんお気に入りのブレンドをひと口
「ここでひと休み出来るのは嬉しいね」
Hiroさんはこの地域の動物保護協会にも貢献していて、動物をこよなく愛する暖かい人
協会のネットワーク活動も熱心に取り組んでいて、他のカフェのお客様にも顔見知りの人が多く、声を掛けられている姿をよく見る
わんちゃんの話しで一頻り盛り上がると、ドアの外からそろそろ、とお呼びがかかる
「呼んでるからね、また、明日ね」
「いい運動になるし、楽しい日課ですね、お気を付けて」
大きなHiroさんに小走りについていく小さな後ろ姿が可愛らしい
カフェの通りは点々と桜の木があり、もうすぐ桜の花で美しく飾られる
満開、花びらの絨毯、そして、緑の葉をつけはじめ、初夏へと季節が駆け足で過ぎて行く
そう、この頃になるといつも気になる夢を見る
はっきりとした背景は映らないが、大きな桜の木の下で舞い落ちる花びらを見ている夢
傍に誰かいる様な、一人の様な、見上げたピンクの花の隙間を青い空がちぎった画用紙のようにうめている
「ねぇ、同じ夢を何度も見る事ってあるかしら?」
「ありますよ、私、結構見ますよ、脳が記憶の整理をしているんですよ、きっと何かこの季節に印象深い出来事があったんじゃないですかね」
「そうかもしれないわね」
「あぁ、Kon爺さんが来る頃ですね、ちょっと洗い物片付けてしまいますね」
「ランチを楽しみにくるお客様で忙しくなるわね、後少し準備しないとね」
ひと言も春に見る夢とは言っていない事にNanaは気が付いていない、ふと、彼女も同じ夢を見ているのではないかと思って、まさか、そんな事は有り得ないと自分に言い聞かせるのでした
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