春が近づいているせいかしら
日にちが変わるころからお天気が崩れ始めると天気予報が言っていたが、全然、その気配は感じられない綺麗な夜空にはキラキラと星が輝いている
最後のお客様を見送り、外灯を消すと静まり返ったカフェのカウンターに座って溜息をついている姿が映る
「今日もお疲れ様ね、忙しかったわね」
一杯のコーヒーを口にしながら「最近、遅い時間でもお客様が結構入って来ますよね」
「春が近づいているせいかしらね」春めいて来た事に世間は敏感なんだなと思う
「季節の変わり目ってちょっと独特ですよね、毎年ちょっとづつ違うし」
「そうね、窓から見える夜景にも四季の変化があるわね、空気が違うからかしらね」
「窓から夜景が見えるんですねぇ、オーナーはこの先の丘にある高級住宅街に住んでいるんですか?大きなお家?一度、遊びに行ってみたいな」
「高台にあるけれど、小さな家よ」
この話題が終わったかの様にしばらく沈黙が広がる、だが、Nanaの言葉で帳が下りるように消え去った
「オーナーって謎が多いんですよねぇ」
あなたの方が謎、というか、意味不明が多いわよと言いたい気持ちを抑えていたが、思わず、出た言葉が「忘れ物の持ち主が出てこないわね、誰の忘れ物かしら、何か憶えていない?」
「さぁ、どこで忘れたのか、たぶん、わからないんじゃないですか、それか、まだ、気が付いていないのかもしれないし」
確かに、「でも、落とし主はとりに来ないんじゃないかなって思いますよ、きっと、無くても困らないでしょう、そんな大切な物とも思えないし」
え?
しゃべり過ぎたと気が付いた様に席を立ってカップを洗いながら、いつになく早口で「明日の仕事の予定がキャンセルになったから、早い時間にカフェに来られるけど、いいですか」
「そう、じゃ、明日は豆の準備から手伝ってもらおうかしらね」
ちぎれた一部分である事を知っている、さらにメインのパーツではない方である事も
そう、キーチェーンについている鍵が飾りなのは、古くて、見るからに使えそうにないアンティーク
実際、車の鍵や、自宅、会社などの鍵とは違うという事は想像出来る
座席の背もたれに小さな傷があったのは、恐らく、引っ掛かりちぎれた跡、そして背もたれから革のシートのクッションんに落ちて、カフェの雑踏にかき消された
座席のクッションに落ちていたのを見つけてわざわざテーブルの上に置いたのはたぶん、Nana
何故?いつもの面倒くささからか、それとも見つけて欲しかったのか、その意図するところを確かめられないまま、カフェの灯りは消えて静まり返っていったのでした

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