やっと笑った
言葉の無い、ただ、静かな空間に優しい音楽が小さく流れている、信号待ちで停まると、街の雑踏が微かに聞こえる
Shintaroさんの横顔を見つめて、そっと肩に手を伸ばすと、優しい瞳の奥に悲しみが溢れていた
「手に触れると、また、記憶に入り込んでしまいそうで」
「いつからそんな事も出来る様になったの?」
「無意識にあの日、ワインを開けようとするShintaroさんの手を握った時に初めて」
「そうか、俺のエゴがそんな力も引き出してしまったのかもしれないな」
「ううん、私って本当に何も知らないんだなって、Shintaroさんにばかり負担をかけてしまっている」
「そうじゃないよ、Nanaを守りたいって、聞こえはいいけど、本来なら、ちゃんとNanaの意思を確認するべきだし、母上にも相談するべきだった、本当にすまない」
「きっと、オーナーが解き放つ方法を思い出してくれるから、待ってみよう?」
「NanaはJinさんが若様だとわかったのはいつ?」
「最初はよく見えなかったけど、カフェに何度か来て話す内に趣味が合って、仲良くなって来た頃から、オーラが見え始めた、っていうか、たぶん、Jinさんの方が出してきたんじゃないかって思う、それで、段々、なぜかわからないけれど、本当なのか確かめたくなった」
「それで、飛行機を見に行こうって誘われた時にオーケーしたの?」
「何となく、近い内に確認する機会は来るだろうと予感していたの」
「それで、一緒に行ってわかった?」
「うん、やっぱり王室の人、聖骨のオーラは金色で強いから間違いないって思った」
「でも、本当の所、Shintaroさんの話しを聞いて確信したんだ、オーナーにも言ったけど、Shintaroさんの車とすれ違った時ね、今思うと二人に面識があったんだって、だって、普通はあの時の私の慌てようを見たら何か言うよね?彼氏なの?とか彼氏いたの?とか」
「そうだな、しっかり目が合ったからな」
「なのに、その事には少しも触れず、まるで予測していたかの様に落ち着いていたし、何となく口元が笑っていた様な気もする、その後もずっと私を気遣って優しかった、あの後、ずっと、どうしてだろうって考えてた」
「そうか」
「うん」
「着いたよ」
「ちょっとうち寄ってかない?」
「いや、Nanaも疲れているだろう?帰るよ」
「じゃ、Shintaroさんのマンションに今日も泊まる」
「どうした?ふっ、心配しなくても大丈夫だよ、それに、これ以上、心の中をNanaに見られたくないしな」
「い~や、絶対に一緒に居る」
「困った妹君だな」
「うちだと狭いし、天井も低いから嫌でしょう?」
「そんな事はないけど」
「あっ、散らかってるから?それとも色々、物があってごちゃごちゃしてるから?」
「あはは、まぁ、言う程散らかってはいないよ、いつも、訳の分からないものがあるのは本当だけど」
「やっと笑った」
「うん?」
「あそこのパーキングに停めてから来て」
車から降りて、斜め向かいにあるコインパーキングを指す
「いや、明日は仕事だし」
「わかった、じゃ、何か作るよ、Shintaroさん夕飯食べて無いでしょ?」
「まぁ、そうだけど、家に帰れば何かあるし」
「ちゃんと食べて、そしたら帰ってもいいよ」
車をパーキングに停めてNanaの部屋を開けるとバタバタと片付けている
「へへ、ちょっと散らかってた、Shintaroさんの部屋とは大違い」
「全然いいのに」
「ちょっと楽にしててね、テレビでも見る?ビデオとかもあるよ?」
「何か手伝おうか?」
「いいから、座っていて」
狭いキッチンで手際よく料理をするNanaの姿が見える、確かに部屋全体が見渡せる広さ、が、今は心地良い
棚やデスクの隅には、可愛かったとか、面白かったからとか、アメリカの雑貨屋やアンティーク露店などで買った小物が並んでいる
一緒に出掛けた時に買った物もあって、ふと、アメリカにいた頃を思い出しながら手に取って見る
「あっ、それ、憶えてる?バーンズストリートで買ったのだよ、一緒に見てた時に」
ニッコリ笑って頷く
ベッド側の座椅子に座って背を持たれかけると、ふんわりとNanaの香りがする
「消化の良い、夜遅くに食べても良いメニューだからね」
「最近、すごいね?これもオーナー直伝のレシピなの?」
「うん、そうだよ、カフェが終わってから、小腹が空いたときとかに作ってくれるの」
「お待たせ~豆乳のアサリ水煮缶を使ったチャウダー、野菜は適当に冷蔵庫に合ったものを使ったの、後、大根とアボガドのマイタケソテーソースサラダの出来上がり、フランスパンかロールパンどちらも合うよ」
「美味しいそうだ、しっかし早いね、腕上げたじゃん?」
「そうでしょう?オーナーから教わるのは全部、簡単で直ぐ出来るレシピなんだよ」
「うん、美味しい!」
「そう?良かった、いっぱい食べて」
Shintaroさんは、今、Nanaはどんな気持ちなのか、本当の気持ちが知りたいと思った
そんな心を隠しながら、嬉しそうに食べるところを見ているNanaに笑顔を返す
「すっかりご馳走になったな、美味しかったよ、ホント」
「そう言ってもらえて嬉しい」
「もう、遅いし、そろそろ帰るよ、Nanaも休んで、ありがとうな」
そう言って立ち上がり玄関へ向かう
Nanaが後ろからShintaroさんの背中を抱きしめる、手に触れない様に
「少しだけ、このままで」
優しい時間が流れ、振り向くと心配そうなNanaの顔が見える
「じゃ、またな」そう言って頭をポンポン、名残惜しい気持ちを振り切って部屋を出たのでした
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